■古建築:色 街






外観・1階

大正7年から昭和33年の廃止に至るまで、40年間にわたり繁栄し続けた 大阪市内で最も新しい飛田遊郭。明治45年1月の火災により廃止となった難 波新地の遊郭の代替地として、市街地の遊郭の整理統合と新世界の「私娼」 を制限することを目的に開業した。昭和初期には200軒を越える妓楼が軒を 連ね、大いに賑わいを見せる。戦災では一部を除いて焼け残り、和洋とりど りの楼閣が戦後はカフェーに転じる。昭和32年の「売春防止法」の施行に より廃止に追い込まれ、料亭街に転じていった。
その中でも当時の面影をそのまま遺す「飛田百番」。大正11年〜昭和3年の 間に建てられたと考えられており、遊郭独特の数寄屋造りであり、現在は、 新鮮な素材を使った会席料理を手軽な価格で提供する飲食店で、平成11年に は「文化庁登録有形文化財」に登録される。

内部は応接室になる陽明門、階段や壁画など、かなり豪華絢爛、当時の賑わ いを感じさせる派手な造りだ。さらに2階はいくつかの小部屋に分かれ、 柱や窓枠等、工夫が施されている。

当時、大門近くに「一番」と呼ばれた店があり入口に近いほど格式が低かっ たという。「鯛よし百番」は奥にあるため相当の格式を持っていたらしい。